シェアド・シーケンサー(Shared Sequencer)の重要性

日付
September 18, 2023
タグ
Research
著者
Ikuma Mutobe

Tanéの六人部です。

今回の記事では、Ethereum L2のRollupで重要な役割を果たすSequencerについて深掘りします。

TL;DR

  • Shared Sequencer(SS)は、Winner Takes Allになる。なぜなら、ネットワーク効果が強い領域だから。
  • Ethereumのスケーラビリティの向上を実現するために、Rollupという仕組みが出てきた。過去1年で大幅に成長。
  • 現状のRollupには問題がある。それは、Rollupで処理したトランザクションを送る役割であるSequencerが中央集権的に管理されていること。
  • Shared Sequencerを利用するメリットは、1. 簡単・低コスト、2. 強固なセキュリティと分散化、3. 高速なトランザクション、4. クロスチェーンAtomicity

Rollupの成長

EthereumのVitalikは2020年10月にA rollup-centric ethereum roadmap、2023年6月The Three Transitionsで、Ethereumは今後Rollupでの活動が中心になっていくと述べています。

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出典: L2 Beat

実際、上の図のようにこの1年でRollupのエコシステムは急速に成長しています。

Rollupが発展していく上で重要なSequencerを深掘りしていきます。

Rollupの仕組み

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まず、前提となるRollupの仕組みを説明します。

Ethereumは、エコシステムとして成長を続け、アプリケーションやユーザー数の増加に伴い、スケーラビリティに限界が見えていました。

そこで、スケーラビリティの向上のために出てきた仕組みがRollupです。

これはトランザクションをまとめてオフチェーンで処理してバッチでL1に送ることで、スケーラビリティの向上を実現する仕組みです。

(実行のみをスマート・コントラクトロールアップ、実行及び決済まで行うものをソブリン・ロールアップと呼びます。詳しくはこちらの記事をご覧ください。)

Sequencerとは

Sequencerは、オフチェーンで処理したトランザクションのバッチを送る役割を担っています。

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現状、大半のRollupで、Sequencerは中央集権的に運営されています。

これは、現在の各Rollupプロジェクトの優先順位を考えると効率的な判断ですが、リアルタイムのliveness及び検閲耐性の点で課題があります。

Sequencerの分類

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dbaのJonのRollups Aren’t Realの分類を引用すると、Sequencerは下記のように分類できます。

  • 中央集権型Sequencer - システムを完全にコントロールできるのであれば、どんな機能でも簡単に実装することができる。しかし、事前確認の強さに関する保証は最適とは言えず、強制終了は望ましくないかもしれない。
  • 分散型L2 Sequencer - 一定のステーク量のある分散型のSequencerのセットは、中央集権型Sequencerと比較して、Rollupの堅牢性を高めるはずです。しかし、実装方法によってはレイテンシなどのトレードオフが発生する可能性があります。 (例:多くのL2ノードがRollupのブロックの確認前に投票する必要がある場合など)
  • L1 Sequenced - 最大限の分散化、検閲耐性、liveness等が実現できる。ただし、機能が不足している(高速な事前確認、データスループットの制限など)。
  • Shared Sequencer - 分散型シーケンサーの機能へのアクセス、それを他者と共有することによるメリット(ある程度のアトミック性)があり、自分のシーケンサーセットをブートストラップする必要はありません。しかし、L1のFinalityを待っている期間は、L1シーケンサーに比べてコミットメントの保証が弱くなります。また、SSは、各Rollupが個別に分散型Sequencerを構築するよりも、強力なセキュリティを提供することが可能です。

Centralized Sequencerへの批判

現状は、各Rollupプロジェクトが自ら単一のSequencerを運営しています。

中央集権な形で運営されているため、下記の点で批判されています。

  • 単一障害点となる
  • 検閲耐性がない
  • Interoperability(相互運用性)がない
  • MEVの独占の可能性

Sequencerを分散化させることは、L1のブロックチェーンが独自のバリデーターセットを集めることと同様、難しいです。また、他に優先度の高い課題があるため、現状はSequencerの分散化は一旦後回しにされています。

中央集権的なSequencerの改善

ここでは、中央集権型Sequencerの改善方法を紹介します。

Proof of Authority(PoA)

単一のSequencerを改善するシンプルな方法は、地理的に分散された少数のSequencerに許可を与えることです。エンタープライズ向けのブロックチェーンで馴染みがあることと思います。

社会的に信用されている企業を複数選定し、順番でSequencerを務めます。

一定の金額を担保として差し入れ、誠実な行動を促すことができます。

単一の中央集権型Sequencerと比べて改善されていますが、まだ不完全です。

MEV auction(Sequencerオークション)

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Sequencerを行う権利をスマートコントラクトを介してMEVオークションを直接実施することも可能です。

誰でも入札に参加でき、オークションのコントラクトは最高額の入札者にシーケンサーの権利を与えます。ブロッグごとのオークションにもできるし、一定期間ごとにもできます。

落札者に誠実な行動をとらせるために一定金額の保証金を支払う仕組みも必要です。

オークションの仕組みがプロトコルレベルで組み込まれていない場合、イーサリアムのMEV-Boost(PBS)のようになんらかのオフチェーンのオークションが発生します。

Permissionless PoS

L1のPoS(Proof of Stake)と同様の仕組みで、Sequencerを選出します。

L2のネイティブトークンをステークすることで、PermissionlessにSequencerに参加します。ステーキング自体の仕組みは、スマートコントラクトを通じてL1のベースレーヤーで確立することも、Rollup内で直接確立することもできます。

L1と同様にステーク量に応じてランダムにSequencerの権利を獲得できます。

不正、悪質を行うSequencerは、スラッシングなどのペナルティが課されます。

Permissionless PoS & L2 Consensus

必要があれば、L1のFinalityの前にSequencerの選出とL2でのローカル・コンセンサスを行うことも可能です。

L2のPoSコンセンサスは、L1のFinalityの前に一時的にL2のローカル・コンセンサスによる強力な事前確認を得ることができます。この事前確認を得ることでL2でも高速なトランザクションが可能となります。

ConsensusはL1か、L2か?

これまで説明してきましたが、L2 は、独自のローカル・コンセンサスを実装すること実装しないこともできます。

L2独自のローカル・コンセンサスとは、「L1 にブロックを送信して最終的なコンセンサスを得る前に、L2 のValidatorがそのブロックに署名すること」です。

例えば、L1のスマートコントラクトは、そのルールに基づいて、以下のことを認識することができます。

  • Sequencer選出とコンセンサスのためのPoS:L2ローカル・コンセンサスによって署名されたブロックしか受け入れることができません
  • Sequencer選出のためのPoS:この時点でブロックの提出を許可されているシーケンサーはこの人です

コンセンサスがL1でもL2でも、L2の価値はRollupのトークンに付与されます。

たとえ、Rollupのトークンがコンセンサスを伴わないSequencer選出のために使われた場合でも、そのトークンに価値が発生します。

L2のコンセンサスのメリット・デメリット

L2でコンセンサスを持つことのメリットは、これまでに説明してきたように、事前確認、ソフト・コミットメントが得られることによる、高速なユーザー体験の提供です。

デメリットとしては、コンセンサスを得る事自体が非効率である、検閲耐性を弱めるなどがあります。

L1 Sequenced - Based Rollup

これまで紹介した案は、なんらかの形でSequencerにrollupのブロック作成の特権を与えるものでした。ここでは、Sequencerに特権を与えない形の案を紹介します。

EthereumのJustin Drakeが提案したBased Rollupというアイディアがあります。

これは、一言でいうと、L1のProposerが、Builderを介して自分のL1ブロックの中に一番価値の高いRollupのブロックを含めるようにするだけです。単純な仕組みで、L1の分散化とLivenessを利用することができます。

L2のトランザクションの処理は、L1 Mempoolや各L2のRollupの新しいMem poolで行うことが検討されています。

欠点としては、Sequencerの柔軟性が下がること、事前確認が得られないため、L2のユーザー体験は遅くなることなどがあります。また、MEVのための設計のための選択肢も減少することになります。

Shared Sequencerのメリット

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SSは、SequencerをRollup間で共有して利用する仕組みです。

モジュラー・ブロックチェーンの視点からは、Sequencer Layerとも言えます。

dbaのJonのブログ Rollups Aren’t Real によると、SSのメリットは下記のとおりです。

  1. 簡単・低コスト
  2. 各Rollupが自らSequencer Setを用意するのはコストも高く大変です。SSであれば、接続するだけですぐに利用できます。Sequencer Setを募集し、管理する必要もありません。
  3. 強固なセキュリティと分散化
  4. 各RollupごとにSequencerを集めても、小規模な場合、セキュリティが弱くなります。SSを利用することでより強固な経済的なセキュリティ、検閲耐性を得ることが可能です。
  5. 高速なトランザクション
  6. 中央集権的なSingle Sequencerもトランザクションは高速です。しかし、分散化を保った上で事前確認(pre-confirmation)により高速なトランザクションを実現できることはメリットといえるでしょう。
  7. Cross-Rollup Atomicity
  8. 異なる2つのRollupで同時にトランザクションを実行することが可能です。これによってモジュラー・ブロックチェーンを前提としたときにおこる流動性の断片化のイシューも解決できるようになります。(クロスチェーンのMEVの問題も出てくるでしょう。)

主要プロジェクトを紹介しながら、具体的な仕組みをみていきましょう。

Espresso

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出典: Espressoの提携発表時のTweet

Espressoは、SSのプロジェクトの中で一番開発、提携が進んでいます。直近で、Arbitrumを開発するOffchain Labsとの提携も発表しています。

2022年3月にGreylock PartnersとElectric Capitalがリード投資家で$32Mを調達しています。Sequoia、Polychain、Coinbase Venturesなどの著名投資家も参加しています。当時はRollupの仕組みをもったZkpを活用したL1のブロックチェーンのプロジェクトを開発していました。

EspressoCEOのBen FischはYale大学の准教授も努めています。その前はStanfordの博士課程でapplied cryptographyのresearch groupに所属していました。他のチームメンバーも暗号学のリサーチャーのバックグランドが多く、技術的にしっかりしている印象です。

2022年11月に自社のブログのDecentralizing Rollups: Announcing the Espresso Sequencerで、SSを発表しました。(同日にAmericanoというTestnetのリリースも発表。現在はTestnetは3つ目でCortadaになっています。)

Espresso Sequencerの仕組みを下記の図を用いて説明します。

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出典:Espresso

この図は、トランザクションの提出から始まり、クライアントを経由して様々な統合されたRollupに至り、最終的にレイヤー1で認証されチェックポイントされるまでの、システム全体を通じた情報の流れを示しています。

  1. ClientからRollup内のAPIにトランザクションを提出
  2. L2はトランザクションをSequencerに転送
  3. Sequencerはblockを構築する - トランザクションリストの順番を決定する。L2sはBlockを受け取り、トランザクションをRollupで実行する
  4. Sequencerはsuccinct commitmentをblockとL1にpost。contractがsequencingの順番を検証する。その後、block commitmentを格納する
  5. RollupはupdateしたstateをL1にpost(zk-rollupsはproofを含む)
  6. Rollup Contractsはsequencerからのblock commitmentsの認証された順番をreadする。このsequenceに対してstate transition proofsを検証する(ZKR)もしくは、fraud proofを待つ(ORU)

HotShot Consensus

EspressoはHotShotという独自のコンセンサスアルゴリズムを利用しています。

その利点は、検閲耐性とブロック構築の寡占化の阻止です。

また、Ethereumと同等のセキュリティを備えること、Finalityのタイミングを揃えたいという要件から、HotShotのセキュリティはEigenLayerの活用を検討しています。

Tiramisu - The Three-Layered Espresso DA

Tiramisuという独自のDAレイヤーも構築しています。

大半のRollupは、高コストのEthereumなどをDAレイヤーとして利用していますが、低コストでよりスケーラブルなDAが求められています。

Cocoa(CDN),Marscapone(小規模DA委員会)、Savoiardi(基盤)の3層からなっています。

Cocoaで高速化のためにContents Delivery Network(CDN)を活用し、より高いパフォーマンスを提供しています。テストネットのAmericanoでは、100ノードの規模に対して、約2.5MB/sのデータ配信を実現しています。

(本番のパフォーマンス次第ですが、2.5MB/sはCelestia等のDAレイヤーとも戦える水準でしょう。)

Espressoの将来像 - PBSの導入

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出典: Espresso Systems

Espressoの将来像をみると、ブロック生成のプロセスにEthereumのブロック生成と同様のアクターであるSearcher、Builder、Relayなどが登場することを想定しています。

Astria

Astriaは、Celestia上のEVMを有するSSのプロジェクトです。

CEOのJosh BowenはAstriaの前はCelestiaのDeveloperとして活躍していました。

シードの資金調達で$5.5Mを調達しています。このラウンドはMaven 11が主導し、1kx、Delphi Digital、Lemniscap、Figment Capital、Nurikabe、Anagram、Robot Ventures、Breed VCが参加しました。

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CEOがCelestia出身であることから、CelestiaをDAレイヤーとして利用したAstria EVMの提供、Sovereign Rollupの重要性を主張しています。

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2023年8月にDevelopment Cluster(開発環境)を提供しました。

この仕組みをみるとComposerというSearcher/Block builderに近い役割のアクターも存在し、既存のEthereum L1のブロック生成のバリューチェーンに近い仕組みを構想していることがわかります。

Shared Sequencer Setのトレードオフ

SequencerはL1ブロックチェーンのValidatorと同等の役割を担っています。L1の各ブロックチェーンのValidator Setの特徴を見てみましょう。

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上の図でわかるように、Ethereumは基本的には個人でもValidatorを運用できるようにしたい。分散化をすすめていきたい。

そのため、複雑さ、ハードウェアの要件は低く抑えています。実際、現在のValidator数は792,862です。

一方、Solanaは複雑かつハードウェアの要件も高く、専門的なプロのValidatorを想定しています。Cosmosはその中間です。(Validator数 Solana 1,893、CosmosのCosmosHub 180

SSの構築においては、例えば、優れたUXを提供するために、速いFinalityが必要な場合があります。その場合は、Seqeuencer数に上限を定め、分散化と検閲耐性を犠牲にすることで、パフォーマンスを向上させることが可能です。

(Validator数の数値はすべて2023年9月13日時点 )

Shared Sequencerの収益・コスト

SSの収益・コストは、L1のバリデーターと同様です。

収益

収益は、ユーザーとRollupの使用に対して、一定の料金を両方から得ることができる。この料金はMEVの一定割合、クロスチェーンの価値、ガス代、Interoperabilityに対する料金などにすることが可能です。

基本的には、SSへ支払うコストが、SSにつなぐ価値より低い必要があります。RollupがSSを使ったほうが良い状態でなければ発展しないでしょう。

SSは基本的にネットワーク効果が効く領域であり、より多くのRollup、多くのユーザーが増えれば増えるほどSSの価値は高まります。それにより手数料を徴収する力も強くなっていくはずです。

また、より多くのRollupが参加すればするほど、Cross-Rollup MEVの抽出する機会も増加するでしょう。

コスト

SSは、ネットワーク効果が効く領域であるため、初期はコスト度外視でシェアを拡大する戦略をとるプロジェクトも出てくるかもしれません。

DAレイヤーに投稿するコスト、Rollup上のアプリとやりとりするコストを負担することでシェアを伸ばすことも可能です。また、Cryptoならではの方法としては、RollupがDAへの手数料をネイティブトークンで払う方法も考えられます。

DAレイヤーに関しては、よりコストの低いDAレイヤーを選択することでコスト削減が可能です。

Shared Sequencerに参加するインセンティブ

各Rollupは現状、自らSequencerを運営し、手数料、MEVなどの収益をあげています。これをIsolated Sequencerと呼びましょう。

ほとんどのRollupが将来的に分散化させていくことを発表しています。しかし、実際にSSに参加するときには、現状と比較して収益・コストがどのように変化するかが重要になるでしょう。

  • Isolated Sequencer収益: 各ドメインのMEV
  • SS収益: 各ドメインのMEV + クロスドメインMEV

SSに多くのRollupが参加することにより、収益の総和が大きくなり、Rollupが単独でやるよりも収益が大きくなるのでしょうか。

クロスドメインMEVなどの収益のアップサイド、トランザクションを事前にまとめることによるDAコストの削減などでどの程度利益が埋めるかにかかっています。

Winner Takes All - 強いネットワーク効果

SSはネットワーク効果が強い領域です。

ネットワーク効果とは、「そのサービス・製品を使う人が増えれば増えるほど、そのサービス・製品の効用が高まること」です。

SSは、それを使うRollupが増えれば増えるほど、SSの提供価値が高まる仕組みになっています。

  • 流動性: まとめることができるトランザクション数が増えて、流動性を大きくすることが可能です。
  • MEV: クロスドメインMEV(Rollup間のMEV)の機会が増加します。
  • 新規Rollupのインセンティブ:前の2点のメリットを考えると、SSを利用しないデメリットが大きくなるため、後発の新規のRollupはシェアの大きいSSをますます選ぶようになります。

最後に

SSの基本的な部分について紹介してきました。

Rollupのブロック生成においてもPBSのような仕組みが組み込まれたり、FlashbotsによるSUAVE、トランザクションの新しい概念のIntentなどが出てくることで、SSも変わっていくでしょう。

Shared Sequencerの領域はネットワーク効果が強く働く可能性が高く、いち早く規模を拡大したところが独占する可能性も秘めています。

TanéはCryptoのインフラストラクチャーの領域で積極的に活動を行っています。興味を持たれた方はこちらから連絡してください。

Special thanks to Yu Kimura, Takeshi Ohishi for reviewing this post.

参考資料

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