モジュラー・ブロックチェーン(Modular Blockchain)の可能性

日付
October 5, 2023
タグ
Research
著者
Ikuma Mutobe

TanéのIkumaです。

Tanéでは、Cryptoの中でもインフラストラクチャー領域のプロジェクトを中心に投資しています。

この記事では「Modular Blockchain(以下、モジュラーブロックチェーン)」というブロックチェーンの設計の新しいコンセプトを紹介します。

レイヤー2のOptimism、Arbitrum、データアベイラビリティレイヤーのCelestia、EigenLayer、シーケンシングのEspresso、Astria、Radiusなどのプロジェクトが多額の資金調達を行っており、投資の観点でも注目されている領域です。

モジュラーブロックチェーンの生まれた経緯

ブロックチェーンの設計は、最初は単一のブロックチェーンが実行、決済、合意形成、データの可用性の全てを行うモノリシック(一枚岩のようなという意味 注1)な設計でした。

例 モノリシック・ブロックチェーン:Ethereum、Avalanche、Solana等

しかし、Ethereumなどのモノリシック・ブロックチェーンが成長するにつれて、多くのユーザーや莫大な取引数に対応するにはスケーラビリティの点で限界があることがわかってきました。

Ethereumでは、2020年のDeFi(分散型金融)サマー、2021年のNFTサマーなどで多くのユーザーに使用されたり、大量の取引数が発生した際に、ガス代の高騰や取引の遅延が頻繁に発生していました。

これに対して、Ethereumは、レイヤー2ブロックチェーンとEIP-4844の導入から始まるDanksharding対応により、スケーラビリティを拡張させようとしています。

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レイヤー2のロールアップ 出典: "The Modular World" by Maven11

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EIP-4844 Proto-Danksharding 出典: "The Modular World" by Maven11

この対応をきっかけに、単一のブロックチェーンですべてを行う必要がなく、ブロックチェーンを別々の機能に分割するというコンセプトが生まれました。

このコンセプトの発展したものが「モジュラー・ブロックチェーン」です。

このコンセプトは、レイヤー1のブロックチェーンの主な機能を分解することで、個々のレイヤーを100倍改善することができ、その結果、よりスケーラブルで、組み合わせ可能で、分散化されたシステムが実現するというものです。

(注記 モノリシック vs モジュラーという議論は、システム開発の歴史において、長年繰り返し議論されてきたトピックです。Web2の開発では、マイクロサービス化の流れもありました。)

モノリシックとモジュラー

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出典: Celestia

具体的にモジュラー・ブロックチェーンとは何かを、Celestiaのサイトを参考にしながら、説明します。注1

最初に「モジュラー」という意味を定義しておきます。通常は統合されている機能が、切り分けられていることを意味します。ブロックチェーンにおいては、実行、決済、合意形成、データ可用性の各機能のいずれかが切り離されているということです。

モジュラー・ブロックチェーンは、すべての機能を一つのブロックチェーンでやろうとするのではなく、いくつかの機能に分けて、その機能に特化する設計です。

ブロックチェーンに必要な各機能に特化したブロックチェーンを組み合わせることで、よりスケーラブルでカスタマイズ可能なシステムを作ることができるというものです。

モジュラー・ブロックチェーンは下記の機能に分かれます。

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  • 実行(Execution):トランザクションの状態の変更の処理。
  • 決済(Settlement):証明検証と紛争解決、ブリッジのハブ及び流動性の提供。
  • 合意形成(Consensus):順序付けとファイナリティの提供。 
  • データ可用性(Data Availablity):状態遷移の有効性の検証に必要なデータの保存・公開。データが利用可能かの確認。このレイヤーがブロックチェーンのスケーラビリティの主なボトルネックとなっている。

一方、モノリシック・ブロックチェーンは、一つのブロックチェーンで上記の機能をすべて担当します。モノリシック・ブロックチェーンでは下記の問題が認識されています。

  • ハードウェアの厳しい要件:モノリシック・ブロックチェーンでは、処理トランザクション数の増加は可能だが、チェーンを検証するノードのハードウェアのスペックを高くする必要がある。これはコスト増加につながる。 例 Solanaの処理速度の高さの理由の一つにノードのハードウェアのスペックの高さがある。
  • バリデーターセットのブートストラップ:新しいモノリシック・ブロックチェーンを立ち上げる時には、セキュリティを担保するためにバリデーターを集める必要がある。
  • コントロールの制限:dAppsは、デプロイ先のチェーンのルールに従う必要がある。

次に、モジュラーブロックチェーンの類型を見ていきましょう。

スマートコントラクト・ロールアップ(Smart contract rollup)

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出典: Celestia

スマートコントラクト・ロールアップは、ブロック全体をEthereumなどの決済レイヤーに公開するブロックチェーンのことを指します。

例えば、Ethereumのロールアップを例にすると、スマートコントラクト・ロールアップは実行部分を担います。決済・合意形成・データ可用性はEthereumが行います。

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出典: Celestia

その名前の通り、スマートコントラクト・ロールアップは、Ethereum上のスマートコントラクトがブロック検証を行います。トランザクションの検証を個別に行っていてはスケールしないため、証明(proof)を使用して、ブロックの有効(validity proof)・無効(fraud proof)かを効率的に検証しています。

ソブリン・ロールアップ(Sovereign rollup)

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出典: Celestia

ソブリン・ロールアップは、名前の通り、ソブリン(主権)があるロールアップです。

順序付けやデータ可用性レイヤーのためにトランザクションを別のブロックチェーンに公開し、決済は自分で行うブロックチェーンのことを指します。

L1のブロックチェーンのようにフォークを通じてアップグレードが可能です。フォークした場合に、ノードはソフトウェアのアップデートの有無を選択することができます。この機能がソブリン(主権)をもたらしています。

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出典: Celestia

データ可用性レイヤーは、ソブリン・ロールアップのトランザクションの検証はせず、ソブリン・ロールアップを検証するノードがトランザクションの検証を担います。

モジュラー・ブロックチェーンのメリット

モジュラー・ブロックチェーンのメリットを紹介します。

スケーラビリティ

モジュラー・ブロックチェーンの基本的なコンセプトは、ブロックチェーンの各機能を分けることで、各機能が集中して改善することでスケーラビリティを達成するというものでした。

Celestiaのようなモジュラー・ブロックチェーンはデータ可用性に特化できます。スマートコントラクトがないため、L1のすべてのリソースをロールアップ等のL2に集中することで、提供できるデータ容量が増加します。

モノリシック・ブロックチェーンでは、DeFiサマーなどのように一部のアプリケーションの利用が増えると、取引のガス代高騰、取引速度の悪化が他のアプリケーションのユーザーにも影響します。しかし、モジュラー・ブロックチェーンの世界では、基本的にアプリケーションは別々のチェーンに存在するため、このような問題は起こません。

スケーラビリティを測る指標について、Maven11は下記のように述べています。注2

💡
スケーラビリティについて語るとき、多くの人が最初に思い浮かべるのは、通常、1秒あたりのトランザクション(TPS)だろう。しかし、これはスケーラビリティに関する実際の議論ではないはずだ。特化したDAレイヤーのスケーラビリティについて語るとき、克服すべき主要なハードルであるはずの1秒あたりのトランザクションではなく、むしろMB/秒であるべきだ。トランザクションのサイズは様々であるため、TPSよりもむしろMB/秒の方がチェーンのキャパシティを客観的に測る尺度となる。

EthereumはEIP-4844でのスケーラビリティ改善を目指していますが、その実現がいつになるか、どのくらいのスケーラビリティが達成されるかは議論になっています。

Celestiaは、Data Availability Samplingという仕組みを用いて、扱うことのできるデータ容量(MB/秒)を改善しています。

EthereumのEIP-4844の進捗次第で、Celestiaをはじめとするデーター可用性レイヤーの競争環境が変わってくるでしょう。

共有セキュリティ(Shared Security)

新規のモノリシック・ブロックチェーンを立ち上げる時の最大のハードルは、独自のバリデーターセットを構築することです。セキュリティの観点から、十分な規模のバリデーターが必要になりますが、とても難しいです。

バリデーターにとっては、新規のモノリシック・ブロックチェーンのバリデーターとなることは、トークンに投資し、リスクをとることを意味します。そのため、新規のプロジェクトへの参加はハードルが高くなっています。

その点、モジュラー・ブロックチェーンの世界においては、新しいバリデーターセットを自分で立ち上げる必要はありません。新しいブロックチェーンは、データ可用性レイヤーのEthereum、Celestia等にデプロイすることで、セキュリティ面を任せることが可能です。

ソブリンティ(主権)

モノリシック・ブロックチェーン上にアプリケーションが構築される場合、そのアプリケーションは構築しているチェーンのルールに従う必要があります。

例えば、Ethereum上のアプリケーションはEthereumのルールに従う必要があります。ルールとは社会的合意、技術的ルールなどです。

モジュラー・ブロックチェーンでは、各プロジェクト・プロダクトの要件にあったルールを「ソブリンティ(主権)」をもってコントロールすることが可能です。例えば、モノリシック・ブロックチェーンではほとんど提供されていない、高スループットかつ低コストを求めるDeFi特化のチェーン(例 Cosmos上のdYdX、Sei等)、NFTFiに特化したチェーン(例 Cosmos上のUnUniFi)、ゲーム特化のチェーンなどを構築することが可能です。

モジュラー・ブロックチェーンの課題

筆者は、モジュラー・ブロックチェーンとモノリシック・ブロックチェーンの創業者、開発者、投資家と議論してきました。注目を浴びる一方で、モジュラー・ブロックチェーンを前提としたときに解決すべき課題やその有用性を疑問視する声も上がっています。

筆者は、モジュラー・ブロックチェーンにおいても、Cryptoの重要な要素である分散化、コンポーザビリティ、相互運用性が担保されなければいけないと考えています。

モジュラー・ブロックチェーンの課題、議論について見ていきましょう。

モジュラー・ブロックチェーンの隠れたコスト

モノリシック・ブロックチェーンのSolanaを立ち上げから支援した実績もある著名投資家のMulticoin CapitalのKyleは、「The Hidden Costs of Modular Systems」で下記のように述べています。[注]

💡
Modular building blocksは素晴らしい。しかし、勝てるテクノロジーを構築する鍵は、スタックのどの部分を統合し、どの部分を他の部分に任せるかを見極めることだ。 そして現状では、DAと実行を統合するチェーンは、本質的にシンプルなエンドユーザーと開発者体験を提供し、最終的には最高クラスのアプリケーションのためのより良い基盤を提供する。

その理由として、モジュラー・ブロックチェーンの欠点を下記のように挙げています。

  • モジュラー・ブロックチェーンはコードを高速に実行しない
  • モジュール化はユーザーの取引コストを増大させる
  • アプリのロールアップはデベロッパーに新たな収益化の機会をもたらさない
  • アプリのロールアップではアプリ間の渋滞に対処できない
  • 柔軟性は過大評価されている

Interoperability (相互運用性)

モジュラー・ブロックチェーン、ロールアップ、アップチェーン等によりブロックチェーンの数が大幅に増えた場合、異なるブロックチェーンのInteroperability(相互運用性)を保つことが難しくなります。具体的には下記の2つの問題が挙げられます。

ステートの断片化

アプリケーションのステートが異なる実行レイヤーに保持されるモジュラー・ブロックチェーンでは、そのデータを検索して検証することが難しくなります。

モノリシック・ブロックチェーン上で実行されるアプリケーションでは、コントラクトの状態がすべて同じネットワーク上に保存されるため、この問題は発生しません。今後、L1、L2、L3などの複数のブロックチェーンにスマートコントラクトがデプロイされた場合、さらに問題は複雑化する可能性があります。

この問題の解決策は、メッセージング・プロトコルです。

一般化されたメッセージング・プロトコルは 、異なるチェーン間で任意のメッセージの転送を可能にします。メッセージング・プロトコルは、チェーン間でデータのパケットを検証・中継することで、ステートの断片化を解決します。

LayerZero、Axelar、Hyperlane、Wormholeなどのプロトコルがメッセージング・プロトコルとしてソリューションを提供しています。

チェーン間のメッセージングの標準化手段として、有力なのはIBC(Inter-Blockchain Communication)です。IBCはCosmosエコシステムで広く普及しています。より幅広く普及していく上でIBCの開発者体験がより改善されていく必要があります。

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Polymerは、IBCをゼロ知識証明とTendermintベースのコンセンサスエンジンと組み合わせ、モジュラーIBCトランスポートハブを構築しています。これは、モジュラー・ブロックチェーン間で信頼を最小化した形の通信を可能にします。

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現状、IBC接続はIBCチャンネルと1対1です。Polymerは、マルチホップ・アップグレードを行い、IBC接続をIBCチャンネルと1対Nに変更しました。接続数の指数関数的な増加を線形的な変化に変化させることになり、チェーン全体の接続維持のコストの削減が可能となりました。

注:PolymerはTanéの投資先です。

流動性の分断

流動性とは、資産を最適な条件で売買できる効率や容易さのことを指します。流動性は、ユーザーに対してのスリッページに影響するため、DeFiプロジェクトにとってはとても重要です。

モノリシック・ブロックチェーンのDeFiプロジェクトは、すべてのユーザーが同じネットワーク上で取引を行うため、流動性の問題は生じません。しかし、複数のチェーンに展開している場合は、一部のチェーンで流動性が低くなる可能性があります。(例 Uniswapの場合、Ethereum以外の流動性は低い)

流動性が低い場合、大きなスリッページが発生したり、大規模なポジションをさばくことができない可能性があります。

この問題の解決策は、クロスチェーン流動性プロトコルです。

一般的なブリッジを利用して、資産を移動させる場合、ステップが多く、ユーザー体験が悪くなります。Catalystなどのクロスチェーン流動性プロトコルは、クロスチェーンにまたがる流動性レイヤーを構築し、クロスチェーンのAMMのようなソリューションを提供しようとしています。

モジュラー・ブロックチェーンの今後

モジュラー・ブロックチェーンの現状、課題について説明してきました。

モノリシック・ブロックチェーンの課題を解決するためにモジュラー・ブロックチェーンが出てきました。しかし、モジュラー・ブロックチェーンの世界を実現していくためには解決すべき問題がたくさんあります。

高速なモノリシック・ブロックチェーンは依然として存在します。これまでのモジュラー化の流れとは反対に、分かれた機能を統合する方向性で新たな解決策が出てくる可能性もあるでしょう。

Tanéは積極的にCryptoのインフラストラクチャーの領域での活動を行っています。興味を持たれた方はこちらから連絡してください。

参考資料

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